イワタバコはサニーレタスではありません

twitterでは散々呟いているように、二年前から園芸に手を出しているのである。

園芸というほどの本格的なものではないし園芸という言い方自体おじいちゃんぽくて嫌なのだが庭が無いからガーデナーに非ず、ガーデニングとも言いずらいし、かといって尊敬するいとうせいこう氏のようにベランダーとも言えない。何故なら場所がアパートの玄関先であってベランダじゃないからである。ベランダすら無い安物件で無理矢理に二十鉢ほども育てているのであって近所迷惑などの面を考慮するにベランダーより大分厳しい、ほとんど路上を不法に占拠するお婆ちゃんのトロ箱と変わらない園芸スタイルなのでごめんなさいとしか言い様が無い。
便宜的にベランダーと対比させて無理矢理erつけてゲンカンナーとでも呼ぼうか?
もうヒーローである。もはや園芸のニュアンスは微塵も感じられない。
ゲンカーンの方が語感は良いけど今度はちょっとチンギスハーンぽい。モンゴルぽい。
どうでもいいのである。そう、呼称なんてどうでもいいのである。

要するに僕は植物を育てている。

要するに僕は植物を育てていて、その話を日記みたいに書けたらいいなーと思ってブログを始めたのに全然植物の事を書いてないことにやっと気付いたので今書いている。

植物を育て始めてからの二年間僕が全く同じように毎日を繰り返して一切成長せず腐っている間にも植物達はちょっとずつでも日に日に確実に成長し花を咲かせ、冬には葉を落としていてもしっかりと生きている(本当に尊敬に値する)ので、当然書きたいことは山のように溜まっていておまけに今は僕の大好きなクリスマスローズの季節なのだけれど、以前から書きたいと思っていた植物のことをまず語ってやることにする、順番待ちだ、年功序列だ。豆を歳の数だけ食べていいなんて年功序列の悪しき慣習だ。

イワタバコという山野草のことである。

ほらいきなり山野草だ。本来山野草は水はけのすごく良い用土に植えつけるため自然水やりの手間も多くかかり夏の暑さにも弱い難易度高めの植物だ。こういうのにいきなり手を出す辺り僕の似非ガーデナーっぷりが窺えるというものである。似非ガーデナーじゃなかった似非ゲンカンナーだ、本当にどうでもいいのである。

思い出せば園芸を始めたばかりの夏、鉢を増やしたい衝動に突き動かされて大きな園芸店に原付で毎週のように狂ったように通っていた時期に見つけたその植物を前に、僕は悩んでいた。
スモーカーでもある僕にとってまず惹かれたのはその名前である。イワタバコ。まさかイワタ・バコで区切る事もあるまい、イワ・タバコに違いない。要するにこいつは煙草と何らかの関係があるに違いないのだ。
煙草を育てる、その甘美な想像に僕は打ち震えたのを覚えている。これで僕もメキシコでリュウゼツランを栽培しテキーラを作る男達の仲間入りなのだ。禁酒法かかってきやがれだ。どちらかというと大麻を栽培する男達に仲間入りのほうが近いような気もするがこの際どうでもいい。

だが僕は悩んでいた。男の子が皆憧れるリュウゼツランのあの硬質で直線的なフォルムの葉と比べてこいつはどうだ、まるでサニーレタスじゃないか。

あの頃の僕は家庭菜園というか収穫ガーデンを毛嫌いしていたのだ。
家庭菜園で収穫した新鮮なベビーレタスはオリーブオイルで和えてサラダに、だあ?アホか。それはもう農業であって園芸じゃない!農業じゃないにしても何らかの確かな利益を目当てに植物を育てるというそのイヤらしさはどうなんだ!僕は見返りなど求めることなく!植物ともっと真摯に付き合いたいんだ!心で対話したいんだ!
庭にトマトがなると5歳の娘も大喜び!一緒に収穫しています☆だあ?こちとら独身一人暮らしだ!(←無関係)
というか今冷静に思い返してみるに単純に僕は毛虫が大嫌いだからだ。バラにチュウレンジハバチの幼虫など見つけると女のように甲高い悲鳴を上げ、鉢ごと二階から落としてしまいたい衝動に駆られる。だから植物に農薬をバシャバシャかけるし、人間が食べるものは虫も大好物なので収穫ガーデンなど始めようものならもっと強力な農薬を手に入れて大量にぶっ掛けるだろう。それを口に出来るわけが無かった。つまり虫怖さにもっともらしい理由をつけて収穫ガーデンを貶しているに過ぎないのであってとっても最低である。全国の収穫ガーデンを楽しんでらっしゃる皆様には土下座で平謝りするしかない。本当に申し訳ない。若気の至りとしか言い様が無い。そんな僕も今ではローズマリーとか育ててます。ハーブは虫がつきにくいからね!

話が大分それたけれどとにかく僕は悩んでいた。こんな軟派な形状の葉ものをスペースの限られている我が家に招いて良いものかどうか……せめて花が咲くなら……。咄嗟に僕は植物に備え付けられている薄っぺらのプレートを手に取った。そこには白い可憐な花が咲きますという文字が!しかも花期はまさに今であった。だが…花が無い。どのイワタバコを見ても花がついてないのだ。そこで忙しそうに店内を行き来している店員さんを捕まえ花のことを聞いてみた。
「ああ元々あまり咲いて無い状態で入ってきたんですけど、付いてないなら花は大体終わっちゃったみたいですねえ」
店員さんは忙しいのか歩みを止めることなく吐き捨てるように教えてくれた。そうか、花は終わっちゃったのか、つまり今買うと僕は来年までただのサニーレタスをお世話しないといけないわけだよーし買うのやめよう。そう思って立ち去ろうとした僕の視界に一瞬白い光が。慌てて葉を持ち上げて根元を覗き込むとたった一輪だけ3ミリほどの直径の小さな白い花が咲いているではないか。おお!
僕はさっきの忙しそうな店員さんを再度呼びとめ、こここれ花ですよね!?みたいな感じで聞いてみた。
「チッ……あー?ああそれ花ですねえ残ってたんですねえ良かったですねえ」
店員さんはとてもうざそうに祝福してくれた。
だが僕はまだ悩んでいた。花を見つけたはいいけどこんな小さな花がこんな葉の裏に一輪だけしか咲かないんじゃあどっちみちぱっと見たらサニーレタスを育てている事に変わりないわけで……。
するとうざさも極まった感の店員さんが早口で一言。
「こちら大変珍しい山野草でしてここ数年で初めて今年入って来たんですよ来年はもしかしたら入ってこないかも知れませんねえー」

僕はイワタバコを即購入して持って帰った。きちんと山野草の用土も購入した。

あと、花を見つけた時に発見したのだが、葉の根元にはフワフワとした白くて柔らかな毛の塊が付いていて、その不思議なフォルムにも心惹かれたのであった。外から見ると軟派なサニーレタスのくせに、内側は可憐な白い花やフワフワした毛玉で飾るなんてなんて粋なんだ江戸っ子じゃないか、そう思ったのだ。

それが僕とイワタバコの出会いだった。つづく。